熊本地震の被災地では、DPATと呼ばれる専門チームが精神保健医療の支援に当たっています。2026年7月に発生した令和8年熊本地震でも、発災直後から複数の都道府県のDPATが熊本県内に入り、避難所などで心のケアに当たっています。テレビや新聞で名前を目にしても、どのような仕組みで動くチームなのか分かりにくいと感じる方も多いはずです。
DPATは思いつきで動く組織ではありません。災害対策基本法に基づく政府の対応体制や、厚生労働省が定める活動要領という制度的な裏付けがあり、派遣の判断や指揮系統、費用負担の仕組みまで細かく整理されています。都道府県同士の応援や国の総合調整も、あらかじめ定められた手順に沿って動く仕組みです。
熊本地震での対応を入り口にしながら、DPATがどのような法律や制度の上で動いているのか、指揮系統や費用負担の面から順番に整理していきます。ニュースの背景にある仕組みを知っておくと、今後の災害報道も落ち着いて読み解きやすくなります。
熊本地震で活動するDPATとは(制度の定義と位置づけ)
この章では、DPATの正式な定義と、災害医療の中で果たす役割を整理します。名称が似ているDMATとの違いも押さえておくと、報道で使われる用語を混同せずに理解しやすくなります。
DPATの定義と正式名称
DPATは、災害派遣精神医療チーム(Disaster Psychiatric Assistance Team)の略称です。厚生労働省が定める活動要領では、自然災害や事故などの集団災害が発生した際、被災地域の精神保健医療機能が一時的に低下し、精神保健医療への需要が拡大する状況に対応するため、都道府県及び指定都市が組織する専門チームと位置づけられています。
名称はDMAT(災害派遣医療チーム)と対になる形で、厚生労働省によって定められました。
発足の経緯と東日本大震災の教訓
DPATという名称と仕組みが定められたのは2013年のことです。それ以前は、東日本大震災で活動したこころのケアチームの実績を踏まえ、災害時の精神医療支援を制度として位置づける必要性が高まっていました。
厚生労働省はこの経験を踏まえて活動要領を策定し、都道府県ごとにDPATを整備する枠組みを整えました。その後も要領は複数回改正され、直近では2018年に見直しが行われています。名称も、災害派遣医療チームであるDMATと対になる形で整理され、精神医療分野の役割を明確にする狙いがありました。
DMAT・DWATとの役割の違い
被災地では、DMAT、DPAT、DWATなど似た略称のチームが同時に活動するため、混同されやすい点に注意が必要です。DMATは外傷や急病など身体的な医療ニーズに対応し、DPATは心のケアや精神科医療を担当します。
生活支援や福祉的な配慮が必要な場合はDWATが対応します。避難所でチーム名の入ったビブスを見かけたときは、困りごとの内容に応じて声をかける相手を見分ける目安になります。どのチームに声をかければよいか分からない場合は、まず目の前にいる支援者に相談すると、適切なチームへ引き継いでもらえる仕組みになっています。
チーム編成の基本ルール
厚生労働省の活動要領では、DPATの各班は精神科医師、看護師、業務調整員を基本構成とすることが定められています。必要に応じて、児童精神科医や薬剤師、保健師、精神保健福祉士などが加わることもあります。
発災からおおむね48時間以内に活動する班は先遣隊と呼ばれ、先遣隊を構成する医師は精神保健指定医であることが条件です。1班当たりの活動期間は、移動日2日と活動日5日を合わせた1週間が標準とされています。
DMATは外傷など身体的な救急医療を担当します。
DWATは生活支援や福祉的配慮を担当します。
チーム名の入ったビブスが見分ける目安になります。
避難所で不調を感じたときは、まず近くにいる職員やボランティアに、眠れない、気持ちが落ち込むなど具体的な症状を伝えると、適切なチームにつないでもらいやすくなります。DPATの隊員はビブスや腕章に名称を表示していることが多いため、見かけた場合は直接声をかけることもできます。
- DPATは災害派遣精神医療チームの略称
- 2013年に活動要領が定められた
- DMATは身体医療、DWATは生活支援を担当
- 班は精神科医師・看護師・業務調整員が基本構成
令和8年熊本地震における政府の対応体制
この章では、令和8年熊本地震で実際にどのような政府の対応体制が組まれたのかを整理します。災害対策本部の種類による違いを比べておくと、ニュースで使われる用語の意味がつかみやすくなります。
非常災害対策本部の設置根拠
2026年7月28日に発生した熊本地震を受け、政府は同日、内閣総理大臣を長とする非常災害対策本部を設置しました。この対応は、災害対策基本法第24条に基づくものです。
同条では、非常災害が発生し、災害応急対策を推進するため特別の必要があると認めるときに、内閣総理大臣が臨時に内閣府へ非常災害対策本部を設置できると定められています。本部長は同法第25条により国務大臣が充てられる仕組みです。設置したときは、名称や所管区域、設置の場所と期間を直ちに告示することも義務づけられています。
特定災害対策本部・緊急災害対策本部との違い
災害対策基本法には、被害の規模に応じて複数の対策本部が用意されています。地方公共団体だけでは対応が難しい場合に設置される特定災害対策本部は、防災担当大臣が長を務めます。
より被害が大きく特別な必要性が認められる場合は非常災害対策本部が設置され、著しく異常かつ激甚な災害では、内閣総理大臣を長とする緊急災害対策本部に格上げされることもあります。緊急災害対策本部が設置されると、既存の非常災害対策本部は廃止され、事務が引き継がれる仕組みです。
熊本県・市町村の災害対策本部との関係
都道府県や市町村も、災害対策基本法第23条に基づき、それぞれの地域防災計画に従って災害対策本部を設置します。熊本県の災害対策本部は知事が本部長を務め、地域の応急対策を実施する役割を担います。
国の非常災害対策本部は、被災都道府県の対策本部と連携しながら、関係省庁の総合調整や自衛隊の派遣調整など、国レベルでの対応を担う点が異なります。市町村の災害対策本部も同様に市町村長が本部長を務め、避難所運営や住民への情報提供など、より地域に密着した対応を担う点に特徴があります。
初動対応の流れ
首相官邸の発表によると、地震発生後、政府は直ちに官邸対策室を設置し、被害状況の把握と関係省庁の連携に当たりました。熊本県知事からの災害派遣要請を受け、自衛隊も救助活動に加わっています。
非常災害対策本部会議では、通信や交通インフラの被害状況、医療機関の受け入れ体制など複数の分野にわたる報告が共有され、各省庁が担当分野ごとに対応を進める体制が取られました。こうした初動の速さは、被害の全体像が見えにくい発災直後の段階で、関係機関の動きをそろえるために重要な役割を果たしています。
| 種類 | 設置の目安 | 本部長 |
|---|---|---|
| 特定災害対策本部 | 地方だけでは対応が難しい災害 | 防災担当大臣 |
| 非常災害対策本部 | 特別の必要性が認められる非常災害 | 国務大臣 |
| 緊急災害対策本部 | 著しく異常かつ激甚な災害 | 内閣総理大臣 |
Q1 非常災害対策本部はどのような法律に基づいて設置されますか。A1 災害対策基本法第24条に基づき、内閣総理大臣が必要と認めた場合に臨時で設置されます。設置の名称や区域、期間は直ちに告示されることになっています。
Q2 都道府県の災害対策本部と国の対策本部はどう役割が違いますか。A2 都道府県の対策本部は地域の応急対策を担い、国の対策本部は関係省庁の総合調整や広域的な支援の調整を担うという役割分担になっています。
- 非常災害対策本部は災害対策基本法第24条に基づき設置
- 本部長は国務大臣が務める
- 被害規模に応じて特定・非常・緊急の3種類がある
- 都道府県の対策本部とは役割分担がある
DPAT派遣の指揮系統と手続き
この章では、DPATが実際にどのような指揮系統のもとで派遣され、活動を始めるのかを整理します。派遣要請から現地活動までの流れを追うと、DPATが個々の判断だけで動いているわけではないことが分かります。
DPAT都道府県調整本部の役割
被災した都道府県は、DPAT都道府県調整本部を設置し、管内で活動するすべてのDPATを統括します。厚生労働省の活動要領によると、この調整本部は都道府県の保健医療調整本部の指揮下に置かれ、災害対策本部やDMAT都道府県調整本部と密接に連携することとされています。
あらかじめ任命されたDPAT統括者と、都道府県の担当部局、精神保健福祉センターがその機能を担います。統括業務は長期にわたることが多いため、あらかじめ複数名の統括者を任命するなど、負担が特定の担当者に偏らない体制づくりも求められています。
DPAT活動拠点本部の位置づけ
必要に応じて、保健所圏域や市町村の単位でDPAT活動拠点本部が設置されます。活動拠点本部はDPAT都道府県調整本部の指揮下に置かれ、参集したDPATの指揮調整や、地域の精神保健医療に関する情報収集、他の医療チームとの連絡調整を担います。
DPATは原則として、災害拠点病院や保健所、避難所などに設置されるこの拠点本部に参集したうえで活動する仕組みです。ただし、被害状況によっては活動拠点本部を設置せず、DPAT都道府県調整本部に直接参集して活動する場合もあります。
厚生労働省・DPAT事務局の総合調整機能

厚生労働省は、DPAT事務局と一体となって被災都道府県を支援します。活動要領では、発災直後からの情報収集、DPAT活動に関する総合調整、被災していない都道府県への派遣調整、関係省庁との調整などが厚生労働省の役割として定められています。
なお、被災都道府県が派遣要請を行わない場合でも、厚生労働省が緊急の必要性を認めるときは、派遣要請を行うよう求める権限があるとされています。この仕組みがあることで、被災都道府県の体制が混乱している状況でも、国が主体的に支援を後押しできるようになっています。
派遣要請から活動開始までの流れ
被災都道府県外からの支援が必要な規模の災害では、被災都道府県の担当者がDPAT統括者と協議したうえで、厚生労働省またはDPAT事務局に派遣調整を要請します。厚生労働省は派遣可能な都道府県を調整し、派遣先を決定します。
活動地域の決定は被災都道府県が行い、実際の活動内容や場所は現地で協議しながら詰められる流れです。被災都道府県内で完結する規模の場合は、都道府県内の協議だけで派遣が決まります。段階を踏んだ手順になっているのは、混乱しやすい発災直後でも役割分担を明確にするためだといえます。
活動拠点本部は保健所圏域などに置かれます。
厚生労働省とDPAT事務局が全国的な調整を担います。
派遣先の決定は厚生労働省が行う仕組みです。
自分の住む都道府県がDPATを派遣する側になった場合、活動状況は都道府県の公式サイトや報道発表資料で確認できます。派遣人数や活動期間、担当地域などが公表されることが多いため、地元のDPATがどこでどのような支援に当たっているかを確認する手がかりになります。
- DPAT都道府県調整本部が管内のDPATを統括
- 活動拠点本部は保健所圏域などに設置
- 厚生労働省とDPAT事務局が全国調整を担う
- 派遣先は厚生労働省、活動地域は被災都道府県が決定
費用負担と災害救助法との関係
この章では、DPATの活動にかかる費用が誰の負担になるのか、法律上の仕組みを整理します。派遣する側とされる側で負担がどう分かれるのかを知っておくと、制度全体の理解が深まります。
活動費用の原則的な負担者
厚生労働省の活動要領によると、DPATの活動に要した費用は、原則としてDPATを派遣した都道府県が負担することとされています。つまり、応援に駆けつけた都道府県が、まずは自らの財源で活動費用を賄う形が基本です。
この原則があるため、平時からの予算措置や体制整備が、都道府県ごとの災害対応力に直結する面があります。そのため、DPATを積極的に派遣できるかどうかは、各都道府県が平時からどれだけ予算や人員を確保しているかにも左右されやすい仕組みだといえます。
災害救助法適用時の求償の仕組み
DPATの活動が災害救助法第4条の規定による救助と認められた場合は、話が変わります。被災都道府県からの派遣要請を受けた都道府県は、同法第20条第1項に基づき、被災都道府県に対して費用を求償できます。
求償を受けた被災都道府県は、同法第18条により費用を支弁しますが、同法第20条第2項に基づき、国に支弁を要請できる仕組みもあります。この求償の仕組みがあることで、派遣する都道府県が費用面の負担を過度に心配せず、支援に踏み切りやすくなっている面があります。
適用されない場合の取り決め
災害救助法が適用されない規模の災害では、この求償の仕組みを使うことができません。そのため、都道府県等はあらかじめ、災害救助法が適用されない場合の費用負担について、DPATを構成する関連機関との間で取り決めをしておくことが求められています。
平時にこうした調整を済ませておくかどうかが、実際の派遣のしやすさに影響する可能性があります。取り決めが不十分なまま災害が起きると、費用負担をめぐる調整に時間がかかり、派遣の判断が遅れる要因になりかねない点には注意が必要です。
隊員の補償に関する備え
DPATの隊員が活動中に負傷したり、疾病にかかったり、死亡したりした場合の補償についても、関連機関との事前の取り決めが必要とされています。
派遣先での活動は慣れない環境での長時間対応になりやすいため、補償の枠組みが整っているかどうかは、隊員が安心して活動できるかどうかにも関わる要素です。所属する医療機関ごとに労災保険など既存の制度が適用される場合もあるため、都道府県はどの制度でどこまで補償されるのかを事前に整理しておくことが望ましいとされています。
| 状況 | 負担の考え方 |
|---|---|
| 原則 | 派遣した都道府県が費用を負担 |
| 災害救助法適用時 | 被災都道府県へ求償できる |
| 災害救助法非適用時 | 関連機関との事前の取り決めによる |
Q1 DPATの活動費用は誰が負担するのが原則ですか。A1 厚生労働省の活動要領では、DPATを派遣した都道府県が原則として費用を負担することとされています。
Q2 災害救助法が適用されると費用負担はどう変わりますか。A2 派遣した都道府県が被災都道府県に費用を求償できるようになり、被災都道府県はさらに国へ支弁を要請できる仕組みがあります。
- 活動費用は原則として派遣した都道府県が負担
- 災害救助法適用時は被災都道府県へ求償できる
- 非適用の場合は事前の取り決めが必要
- 隊員の補償も関連機関との取り決め事項
過去の災害から見るDPATの教訓と課題
この章では、2016年の熊本地震などこれまでの災害でDPATがどのように活動してきたのかを振り返り、制度が抱える課題を整理します。過去の運用実績を知ることで、今回の令和8年熊本地震での対応も理解しやすくなります。
2016年熊本地震での運用実績
2016年の熊本地震では、発災直後からDPATの先遣隊が投入され、熊本県庁内にDPAT調整本部が設置されました。全国の都道府県からDPATが派遣され、都道府県をまたいだ広域応援体制が本格的に機能した災害の一つとして位置づけられています。
派遣されたチーム数の推移など詳細な数値は更新される場合があるため、最新情報はDPAT事務局公式サイトの活動実績のページでご確認ください。この災害では余震が長期間続いたことも特徴で、DPATの活動も本震直後の混乱期だけでなく、中長期にわたる支援を求められた事例として振り返られています。
東日本大震災以降の制度整備の変遷
DPATの活動要領は、2013年の策定以降、複数回にわたり改正されています。厚生労働省の資料によると、2014年、2017年、2018年と改正が重ねられ、指揮系統や情報共有の方法などが実務に合わせて見直されてきました。
東日本大震災でのこころのケアチームの経験を出発点としながら、その後の災害対応の中で見えた課題を反映する形で、制度が段階的に整えられてきた経緯があります。改正のたびに実際の災害対応で見えた課題を反映する仕組みになっている点は、制度が一度作られて終わりではなく、運用しながら育てられてきたことを示しています。
情報共有システムEMISとJ-SPEEDの役割
DPATの活動は、広域災害・救急医療情報システム(EMIS)や、災害時診療概況報告システム(J-SPEED)といった情報基盤の上で行われます。厚生労働省の活動要領では、精神科医療機関や避難所の情報をEMISで共有し、DPATの活動記録は基本的にJ-SPEEDを用いて残すことが定められています。
こうした情報システムがあることで、DMATなど他の医療チームとも状況を共有しながら活動できる仕組みになっています。
広域連携体制の今後の課題
DPATの制度は、都道府県ごとの整備状況に左右される面があります。厚生労働省の活動要領でも、都道府県等に対してDPATの整備や研修の実施、DPAT事務局への情報登録などを求めていますが、体制の充実度には地域差が生じやすい構造です。
大規模災害では複数の都道府県から同時に応援が必要になるため、平時からの訓練や情報登録の精度を高めておくことが、今後の課題として指摘できます。DPAT未整備だった地域が急遽チームを編成して対応した事例もあり、平時の備えの差がそのまま初動対応の差につながりかねない点は、今後も注意が必要です。
活動記録はJ-SPEEDを用いて残す仕組みです。
EMISで精神科医療機関や避難所の情報を共有します。
都道府県ごとの整備状況には差が生じやすい構造です。
自治体の地域防災計画や医療計画にDPATの記載があるかどうかは、都道府県の公式サイトで公表されている場合があります。自分の住む地域のDPAT整備状況が気になる場合は、都道府県の障害保健福祉担当部局のページを確認すると手がかりが得られます。
- 2016年熊本地震は広域応援体制が機能した事例の一つ
- 活動要領は策定後も複数回改正されている
- EMISとJ-SPEEDが情報共有の基盤となっている
- 都道府県ごとの整備状況の差が今後の課題
まとめ
熊本地震で活動するDPATは、災害対策基本法や厚生労働省の活動要領という制度的な裏付けのもとで、指揮系統や費用負担まで細かく定められた仕組みで動いています。
気になる方は、まず厚生労働省やDPAT事務局の公式ページで、活動要領や最新の派遣状況を確認してみると、報道の内容がより具体的に理解できるはずです。
制度の背景を知っておくと、次に災害のニュースを目にしたときも、そこで動いている仕組みを落ち着いて読み解けるようになります。今後の報道も、ぜひそうした視点で見てみてください。
本記事の内容は執筆時点の公的情報をもとに整理したものです。制度・法令・人事等は変更される場合があるため、最新情報は各公式サイトでご確認ください。

